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Friends of UTokyo, Inc.

東京大学、シカゴ大学、IBM、Google間の量子パートナーシップの締結

東京大学は、シカゴ大学とIBM、及びシカゴ大学とGoogleをパートナーとして、量子技術の研究領域の発展に向けた協力関係を構築する2本のパートナーシップに合意しました。これを受けて、2023年5月21日、G7サミットの機会を捉えて、東京大学 藤井輝夫総長、シカゴ大学 ポール・アリヴィサトス学長、IBM会長 兼CEOアービンド・クリシュナ氏、Google VP Engineering, Quantum AIハルトムート・ネーヴェン氏出席のもと、広島市において調印式が行われました。

東大友の会理事会、新諮問委員を任命

2023年4月17日に開催された東大友の会の理事会では、出席理事からの推薦があり、慎重に協議した結果、全一致を持って次の通り新諮問委員が任命されました。 新たに任命された諮問委員: 詳細は東大友の会のウェブサイト、東大友の会についてのページをご覧ください。

伊藤雅俊セブン&アイ ホールディングス名誉会長がご逝去

伊藤雅俊セブン&アイ ホールディングス名誉会長が、2023年3月10日に老衰のため99歳寸前の98歳でお亡くなりになりました。伊藤氏は、創立理事長を務められた米国伊藤財団から毎年多大のご寄付をFUTIに寄せられ、米国伊藤財団―FUTI奨学金を通じて2016年以来、FUTIの中長期留学に対する奨学金事業を支えて下さいました。ご高齢にも関わらず大変お元気であられた日々を思い、今さらながら氏の大きさを想起しています。心からの感謝を込めてご冥福を祈念させて頂きます。 伊藤氏は日本国内では伊藤謝恩育英財団の創立理事長を務められ、多数の高校生の大学進学、大学生の大学院進学などを奨学金で支援して来られました。 同氏は1924年に東京でお生まれになり、日本全体が貧しかった時代にご親族から学資の支援を受けて、商業専門学校に進む事ができたことが人生の推進力になったと感謝しておられ、その謝恩のために、事業で成功された資産を進学支援に向ける目的でこれらの財団を設立されました。 戦後、北千住の家業の洋品店「羊華堂」に参画された同氏は、「お客様に喜ばれる事業」を心掛けて急成長を得られ、1958年に「ヨーカ堂」(後に総合スーパーのイトーヨーカ堂)を設立して社長になられました。米国のコンビニ7-Elevenに想を得て1973年に日本初のコンビニ「ヨークセブン」(後の日本最大のセブン・イレブン・ジャパン。1991年に米国7-Elevenを買収)を、またファミリーレストラン「デニーズジャパン」を、それぞれ設立され社長を務められました。 伊藤氏はご成功された後のご著書でも日頃のお話でも「リスクを恐れず冒険心を持とう」と後進を励ましておられました。私共もこの様な精神を心して日々活躍したいものです。

金川千尋信越化学工業㈱会長がご逝去

写真:日経アジア 2023年1月早々に、衝撃波がFUTIにも、産業界にも拡がりました。信越化学工業㈱の会長で高名な経営者の金川千尋氏が、1月1日に96歳でお亡くなりになりました。97歳も間近かでした。産業発展への貢献に対して1992年には藍綬褒章を授与された方です。信越化学工業㈱のシリコンウェーハや塩化ビニール樹脂などにおける世界の大きな市場シェアの獲得を主導されました。 金川氏はFUTIの大切な恩人です。氏はFUTIの奨学金・研究支援の事業を可能にして下さった方だからです。氏は東京大学(東大)法学部の1950年の卒業生で、また2011年には東大工学研究科から「 ポリ塩化ビニル工業の経営―コモディティ事業における事業強化と経営 」と題する博士論文で工学博士を授与されました。2009年に東大の要請に応えて、信越化学工業㈱の米国子会社Shintech社からFUTIにご寄付を頂くことを主導されました。Shintech社は、金川氏が1970年代に業績を飛躍的に拡大強化された会社です。1978年にはその社長に就任されました。 以降今日までご寄付は毎年継続され、これが東大卒業生個人からのご寄付を誘いました。こうして形成された基金によって、東大と米国各大学の学生200名近くと研究者が、相互留学の奨学金と研究支援で支えられました。 金川氏への心からの深謝を以て、ご冥福をお祈り申し上げます。

巨星墜つ! 小林久志元理事長を悼む

FUTI 東大友の会の元理事長、小林久志教授が2023年3月9日(日本時間)に84歳で逝去されました。巨星墜つという驚きでした。米Princeton大学の元工学部長の名誉教授で、大学では1週間半旗が掲げられました。FUTI 東大友の会の設立と発展に尽力された小林教授の菩提を弔いたいと思います。 小林教授は1938年東京生まれで、戸山高校から東京大学に進学され、電気工学科の学部を1961年に、修士課程を1963年に卒業され、東芝でレーダーの設計に従事されましたが、日米からの奨学金を得て1965年にPrinceton大学に留学され、わずか2年間でPhDを取得されました。以降15年間はIBMのThomas J Watson研究センター、以降4年間はIBM東京基礎研究所の初代所長としてその立ち上げを主導されました。その後1986年からPrinceton大にSherman Fairchild University Professor として赴任、同時に1986-91 の間は工学部長を務められました。類い稀な数学的能力と集中力を傾けて、次々と具体的な問題の解明と解決に尽力され、その成果は枚挙にいとまがありません。例えばコンピューターのハードディスクのレコーデイング速度を画期的に速める研究成果には、2005年にドイツの Eduard Rhein 財団から、2012年にはNECから特別技術賞が贈られました。 東大小宮山宏総長(2005-09)の要請で、米New Yorkに東大友の会が2007年に創立された時、小林教授は当初から設立に貢献され、2011年から2015年には理事長として、その拡大と充実に尽力されました。2011年に始まった奨学生の選抜と奨学金の支給は、小林教授の主導によるものです。いつも青年のような情熱と心意気をもって、次世代の global leadersを育成すべく、日米の若者達の学習の援助に力を注ぎ込まれ、しっかりとこの組織の土台を築かれました。 小林教授は最後の短期間を除き生涯真にご健康で、掛かり付け医を持たないほどの方でしたが、余生を楽しまれるはずだったHonoluluのご自宅で急に発症され、多数の親しい方々のご尽力で東大病院で最高の治療を受けられたにも関わらず薬石効なく、帰らぬ人となってしまいました。デジタル時代に大きな軌跡を残しつつ勢いよく駆け抜けられた

2023年度奨学金の応募受付開始

FUTIでは2023年の奨学金の受付を開始しました。詳細はfriendsofutokyo.org/ja/奨学金と研究助成まで。 奨学金は、国籍に関係無く、米国の大学への留学を希望する東大の学生と、東大への留学を希望する米国の大学生に供与します。 FUTI Global Leadership Awardは米国夏季プログラム/インターンに参加希望の東大生をサポートする給付型の奨学金です。「周顺圭・周滝沢愛子 奨学金」と「FUTI奨学金」がありますが、応募受付・採択基準・採択・支給は全て同一手続きでFUTIが行います。それぞれの奨学金の趣旨に相応しい方を採択し、FUTIから奨学金の名称をお知らせします。「周顺圭・周滝沢愛子 奨学金」は、周 顺圭・周滝沢愛子のご夫妻が東京大学ニューヨークオフィスに寄付された基金を源資とする奨学金です。FUTI奨学金は、信越化学工業(株)の米国法人Shintech Inc.のご寄付、東京大学New York Officeのご寄付、多数の東大卒業生個人のご寄付で支援されています。 米国の大学に1学期(Semester)以上の中長期留学を希望する東大生・東大卒業生・(IF育英奨学金は日本の大学生)を対象とした、最長2年間の給付型の奨学金です。「米国伊藤財団-FUTI奨学金」(IF育英奨学金を含む)と「周顺圭・周滝沢愛子 奨学金」と「FUTI奨学金」がありますが、FUTI Global Leadership Award と同様、応募受付・採択基準・採択・支給は全て同一手続きでFUTIが行います。「米国伊藤財団 ITO FOUNDATION U.S.A.」は、日本で既に広く学生に奨学金を提供して勉学を支援している伊藤謝恩育英財団の創立者・理事長で(株)セブン&アイ・ホールディングス名誉会長の伊藤雅俊氏が、同じく創立し理事長を務める米国の財団です。 学生の皆様奮ってご応募ください。

2022-2023 東大友の会キャンペーン開始

2022-2023東大友の会の募金キャンペーンが開始されました。コロナ禍も下火となり、ようやく東大友の会の留学支援活動、国際学術交流支援も再開の方向に勢いづいてきました。東大友の会の2007年の創立以来、奨学金のスポンサーとして支援した東京大学と米国大学の学生の数は245名になります。 数週間の夏インターンシップや学位取得に向けての長期留学も含めて学生たちは貴重な経験を積むことができます。奨学金受賞者のレポートでは常に感謝の気持ちが込められ、奨学金のお陰で留学することが可能になったといわれるケースも少なくありません。 東大友の会の奨学金プログラムは明日のグローバルリーダーを支援する重要さを信じる東大のアラムナイや東大友の会の活動をサポートする個人の寄付のお陰で続けられることができます。 尾島理事長と桑間副理事長のご挨拶はこちら。 詳細はhttps://www.friendsofutokyo.org/ja/寄付まで。

FUTI奨学金受給者が Diversity「多様性」の重要性について語る

2022 年 11 月 11 日、FUTI 諮問委員会 (AC) が開催されました。この会では 3 人の元奨学金受給者が現状報告をした後、「多様性」に関して 諮問委員会 メンバーと話し合いました。招待された元受賞者は、1)米国大学の大学院生(博士課程、進化生物学)、2)開業医(東京)、3)東京大学の大学院生(博士課程、国際関係論学)の方々です。(プライバシーを保護するため、このレポートでは匿名にしています。)さらに、奨学金選考委員会会長の松下氏がFUTI奨学生の選考状況を説明しました。  結論の一つとして、Diversity「多様性」にはいろいろな側面があり, 時と共に解釈がダイナミックに変わることもあり、広い観点からその重要性を認識し、その実現に努めることが重要であると意見が一致しました。話し合いのハイライトは以下の通りです。  松下FUTI奨学金委員長のコメント  全体的に見ると、FUTIでは、結果的にはジェンダーに関してはバランスよく選考されている状況にあります。   東大では女子学生は2割ですが、FUTI奨学生では男女半々。これは、「男性は家族形成を重視することで留学を躊躇するためか?」そして「女性は進路に国際関係を希望する人が多いからか? 」などと推測されています。  元奨学生からのコメント  元奨学生I (2015年度FUTI 国際リーダーシップ賞受賞者) 元奨学生II (2018年度FUTI 国際リーダーシップ賞受賞者) 元奨学生III (2018年度米国伊藤財団-FUTI 奨学金受賞者) 学生の発表を受けて、以下のような活発な意見交換が行われました。  AC委員と奨学金受給者の間で活発な意見交換が続き、終了時間をオーバーしました。 AC委員会会長の山田教授は 参加者の熱心な議論に感謝し、有意義な対話を継続するために、将来また別の機会にFUTI にとって喫緊の課題についてのセッションを開催したいと閉会の言葉を述べられました。 

董 克勇教授の講演と懇親会: 日本と米国の最高裁〜社会へのインパクトの違いはどうしてか?」

7 月 30 日 に、 董 克勇教授を囲む、初の「ファイヤーサイド チャット」が開催されました。このイベントは、東大友の会、さつき会アメリカの主催、FUTI Alumni Associationが後援によるものです。 ハーバード・ロー・スクールの法学講師である董教授は、東京大学法学部の外国人フェロー、世界銀行の法律顧問などの経歴をお持ちです。東大出身の建築士でありコロンビア大学の建築学教授である Geeta Mehta 博士がモデレーターでした。 メータ博士はまず、「1947年の日本国憲法が占領下のアメリカ人によって書かれたのに、なぜ日米の最高裁判所の役割が大きく異なったのか」と、問題提議をしました。董教授は、合衆国憲法の起草背景について、「奴隷制を含む州の権利の保護に関心を持つ反連邦主義者に対して、より強力な国家政府を支持する連邦主義者の間の妥協文書」であると指摘して、 このような背景に基づく『緊張と妥協』は、米国の政治と法学をいまだに分割する米国憲法についての多くの問題点を生み出していると語りました。一方、日本国憲法は基本的に、3 人の若く理想主義的なアメリカ人によって起草されたが、日本政府 (SCAP の管理下にあった) 及び国民 からの真の反対はありませんでした。(占領下の日本国民は起草に招待されていませんでした。) 起草者は主に、1945 年のポツダム宣言に従い、第 9 条のいわゆる「平和規定」と、日本国民に対する広範な市民権を伴う、日本を「非武装化および民主化する」ことに関心を持っていました。 董 克勇教授は、最高裁判所判事の指名と任命の方法にも二国間に大きな違いがあることを指摘しました。米国では、最高裁判所判事はまず米国大統領によって指名され、次に上院の「助言と同意」に従うため、非常に政治的プロセスになります。ただし、米国の最高裁判所判事は、政治的または ”大衆の影響”(popular influence)を受けないようにするために終身任命されます。一方、日本の最高裁判所判事は、最高裁判所と法務省の推薦に基づき、内閣によって任命されます (ただし、最高裁判所判事長は内閣総理大臣によって任命されます)。各判事は、任命後の最初の総選挙と、その後 10 年ごとの総選挙で国民の承認を受ける必要があります。また、日本の最高裁判事は定年が70歳、平均任名年齢は6