東大友の会支援の第15 回山川健次郎記念レクチャー開催

Alexander Coppock 教授
(イェール大学政治学部)

2019 年5 月28 日
5 月29 日

Alexander Coppock 先生

イェール大学政治学部からAlexander Coppock 先生をゲストスピーカーとしてお迎えし第15 回山川健次郎記念レクチャーが開催されました。今回は5 月28 日に駒場キャンパスで、29 日には本郷キャンパスにて2 回の講演会が行われました。

Alexander Coppock先生はコロンビア大学で社会科学の博士号を取得され、実験調査の研究分野で新進気鋭の研究者としてご活躍されています。先生は、2016年よりイェール大学政治学部で教鞭を取られる傍ら、同大学の社会政策研究所と米国政治研究センターにも所属しています。加えてリサーチデザインを診断するソフトウェアパッケージを供給しているDeclareDesignのメンバーも務められています。先生は、個々の人々が新しい政治の情報をどのように取り込むか、選挙において政治的な説得が有権者の政治的意見を変えるかについて研究されており、その研究はProceedings of the National Academy of Sciences, American Journal of Political Science, Journal of Experimental Political Science等、多くの主要な学術雑誌に掲載されています。

5月28日の駒場での講演会は、東京大学大学院総合文化研究科教養学部附属共生のための国際哲学研究センター(UTCP)主催で開催され、東京大学や他大学から20名の参加者がありました。樋渡展洋教授(東京大学社会科学研究所)の紹介の後、Coppock先生が “The Persuasion in Parallel” というタイトルで講演されました。通念では政治的説得は効果がないとみなされていますが、先生は自らの実験結果と他の研究者による実験例から、実は、人々は党派に関係なく与えられた情報の方向にその意見を変えるということを論証し、更にその効果の範囲及び持続時間の統計的推定を行うことに成功しました。これらの推定は、まず被験者の実験前の特性を測り、ランダムにあるトピックについて説得力のある情報又はそれに反する情報を与え、その後、被験者のトピックに対する考え方を分析することによって導き出されます。Coppock先生はこのような実験の例としてChong and Druckman (2010)の実験を解説されました。この研究では被験者に米国愛国者法に関して賛成又は反対の情報を与え、実験前と後の考え方を分析しました。結果、反対の情報を与えられた被験者は実験前よりこの法律に対する支持を弱め、賛成の情報を与えられた被験者は支持を強めるという、被験者が民主党か共和党であることに関わりなく同様に並列な結果が得られました。Coppock先生は又、連邦最低賃金に関する最近のご自身の実験についても説明されました。この実験では、被験者に連邦最低賃金に関し賛成又は反対のビデオを見せ、その後に意見を聞いた結果、実験前の被験者の意見に関係なく、反対ビデオのグループは連邦最低賃金により反対し、賛成ビデオのグループは支持を強めるという結果が得られたと述べられました。1時間の講演の後の質疑応答では、多くの興味深い質問が提起され活発な議論が行われました。

Alexander Coppock 先生と樋渡展洋先生

5月29日には東京大学社会科学研究所(本郷キャンパス)において、“When to Worry About Sensitivity Bias: Theory and Evidence from 30 Years of List Experiments” というタイトルで2回目の講演会が行われ、東京大学内外から19名の研究者、大学院生が参加しました。政治的な調査におけるSensitivity biasとは回答者が政治的に微妙な質問に対し、真実の回答をしないで、社会的に求められている回答をしてしまうこと(“Social desirability bias”)を意味します。Sensitivity biasの本質と範囲を正確に推定することは、研究、調査の正確性・信頼性を高めるために重要です。Coppock先生はこの問題に関する3つのトピックについて議論されました:1)Sensitivity biasの準拠集団理論(Reference group theory)、2)センシティビティと誤差区間のトレードオフ、3)直接的測定と間接的測定がこのトレードオフにどのように影響するのか。先生はSensitivity biasの準拠集団理論は、通説的なSocial desirability biasの考え方に代替し得る理論であると説明されました。Social desirability biasの考え方では、Sensitivity biasは回答者がきまりの悪さを避け、他の人々が好むイメージを投影させた結果であると説明付けているが、それに対し準拠集団理論では、回答者が準拠集団を想定しているか、その集団がどのような返答を好むとみなしているのか、もし望まれる返答をしなかった場合どのような損失を受けると考えているのかを分析します。Coppock先生は、リスト実験等の間接的な測定方法がSensitivity biasを軽減することができるのか、又もしそうであればそれによってどのような代価を支払わなければならないのかを調べられ、2007年のケニヤでの選挙後の票の買収について行われた調査(Ktamon2016)を使ってリスト実験の論理を解説されました。更に、Sensitivity biasは権威主義者の抑圧や選挙票の買収等のトピックにおいては問題となるが、偏見、人種、宗教等のトピックに関しては問題にならないと説明されました。先生は多量の過去のリスト実験のメタ分析の結果から、直接的な質問はバイアスを引き起こすが、誤差区間が小さい推定を導く、それに対しリスト実験ではバイアスはないものの、直接的な質問のおおよそ7倍の誤差区間があることを示されました。Sensitivity biasと誤差空間のトレードオフを踏まえ、リスト実験は非常に大きなサンプルサイズの調査そしてSensitivity biasが重要であると予期された時のみ有意義であろうと結論されました。この講演会では1時間の講義の間、参加者は自由に質問や意見を述べる形式で講義が進められました。講義後も多くの質問が提起され30分以上に渡る活発な議論が交わされ、講演会は盛況なうちに幕を閉じました。

山川健次郎記念レクチャーは東大友の会(FUTI)の支援を受け、イェール大学マクミランセンターの協力によって開催されています。

山川健次郎博士は、1875年にイェール大学を卒業した最初の日本人。帰国後、東京大学において物理学の教鞭を執った後、東京、京都、九州の各帝国大学の総長を務め、近代日本における高等教育の発展に尽力しました。山川健次郎博士を記念し、2013年より毎年数回イェール大学から講演者を招聘し山川健次郎記念レクチャーを開催しています。

ニューズレター第22号の記事: