Covid-19ウイルスのパンデミックが一年以上続いておりますが、有効なワクチンの接種が各国で広まりつつあり、米国ではパンデミックの終息に向けて様々な規制解除が始まっています。この一年強、前例のない規模の世界的なパンデミックの影響はどうだったのか、どのような問題があったのか、その一方、何かpositiveな側面もあったのか?この様な疑問に答える形で、アメリカに留学中の5人の東大友の会スカラシップ受賞者(または東大友の会アラムナイ)が、現地からのレポートを寄稿してくださいました。
「今回の、パンデミックがなかった場合よりも、よい経験になったかもしれないとすら感じています」というご意見もありました。そして様々な困難があったにもかかわらず、寄稿して下さった皆様が全て、将来に向けて前向きにそして有意義に、この一年を過ごされたとの事、嬉しい限りです。
—東大友の会ニュースレター編集者一同
岩渕 和祥
コロンビア大学 博士課程
Teachers College, Department of International and Transcultural Studies
コロンビア大学教育学大学院博士課程3年の岩渕と申します。コロナ禍が長引いておりますが皆様におかれましていかがお過ごしでしょうか。昨年の日本はコロナ禍に比較的よく対応できていたように思われるのですが、今年に入ってからはワクチン接種の遅れや緊急事態宣言の長期化など問題の方が目につくようになってきました。私はN Yで感染が拡大し始めた3月に日本に戻って、それ以来日本から研究を続けております。元々2020年の夏から日本にて調査をする予定でしたので、それが少し前倒しになった形です。
コロナ禍の直接的な影響
私にとってコロナ禍の直接的な影響は、フィールドワークを行うことがコロンビア大学の倫理審査委員会から許可されず、研究の方向性が狭められた点です。ただ元々、日本の教育政策および政策過程の研究を行う予定で、そこでは政策文書などの文献調査が中心でしたのでこちらも大きな影響は被りませんでした。途上国で高い感染リスクに曝されている集団(障害のある子どもたちや難民など)の研究をしようとしている学生は研究そのものの方針転換を迫られていたので、それに比べると影響が軽微だったのが不幸中の幸いでした。
コロナ禍の収穫
コロナ禍において、一番の収穫はやはりZoomなどのオンラインでのコミュニケーションツールが一般化したことでした。この中で私は二つの国際プロジェクトに関わる機会を得ました。一つはHarvard大学Reimers教授によるコロナ禍での教育をめぐる国際比較で、もう一つはDurham大学Byram教授による博士号授与の過程をめぐる国際比較です。前者では南北アメリカ諸国や他のアジア諸国のチームとオンライン上でフィードバックをお互いにしつつ、各章を書き上げることができました。後者では分析手法の検討などの段階からオンライン上でのミーティングを重ね、各国で合意形成を図りました。こうした国際プロジェクトはコロナ禍以前からも当然存在していたと思うのですが、それに対する敷居が下がったように思います。
学会も依然としてオンラインで行われていますが、こちらもアメリカに集まる必要がなくなったことからより多様な人々が参加できるようになりました。アメリカ比較教育学会では初めて東南アジア部会のセッションを開催することができ、東南アジア各国にいる研究者から直接発表を聞くことができました。東南アジア部会の執行部メンバー自体も日本(私)、シンガポール、マレーシア、タイ、アメリカの現地から参加しました。オンラインでありながらもある種の一体感があり、遠隔でありながらコミュニティを形成することの可能性を感じました。今後はこの分野の研究者にインタビューしたものを配信したり、あるいはオンラインイベントを開くなど引き続き国境に囚われない形で、かつ心理的な一体感をも担保できるような活動を続けていきたいと思います。
古川 夏輝
ジョンズホプキンス大学 博士課程
生体医工学専攻博士課程
私は2019年9月にJohns Hopkins Universityの博士課程に入学しており、パンデミックによってロックダウンが発令されたのは留学して半年ほど経過したときでした。新生活にも授業にも慣れ、いよいよ自分の研究プロジェクトに取りかかれるというタイミングで研究室に通うことができなくなってしまい、完全に研究が止まってしまいました。しかたがないので「ペプチド創薬のがん免疫療法への応用」というテーマで総説記事を書きました。実験ができないのはもどかしかったのですが、論文を読むためのまとまった時間を取れたことで最新の知見を学び、将来の研究方針について考える良い機会となりました。
私にとってロックダウンで一番しんどかったことはモチベーションを維持することです。自宅で論文を読んでいるだけだとどうしても集中力が続かず、気づいたらYouTubeを見ているなんてことがよくありました(PIからメールが来るたびにはっとなって作業に戻る)。やはり研究室で働き、自宅でのんびりするという生活習慣は大切だなと思い知りました。ロックダウンの数少ない恩恵としてはさまざまなセミナーに参加できたことが挙げられます。ロックダウン前は多少興味があっても会場が遠かったり実験があったりで参加出来ないことも多かったのですが、パンデミックで全てのセミナーがオンラインになったため、気軽にいろいろなセミナーに参加することができました。オンラインセミナーの利便さを知ってしまった今、パンデミックが収束したあとアカデミアのセミナーがどのように運営されるのかが気になっています。
Johns Hopkins Universityでは秋からの授業はほとんどが教室で行われる予定です。オンラインではディスカッションなどのアクティビティーがしづらく、教室での授業に比べて学生の集中力も低くなってしまいます。また、こちらからはパソコンのカメラで写っている領域しか見られず、向こうの音も聞こえないために試験での不正を見抜くこともほとんど不可能です。このように教室での授業はオンライン授業に比べて利点が多い一方で、ロックダウンを通じてオンライン授業が持つ利点も実感できました。例えばオフィスアワーなどはオンラインでもいいかもしれないと思いました。オンラインではちょっとした質問でも気軽にオフィスアワーに参加することができ、予約システムを導入することでオフィスアワーを執り行う側もどんな生徒が来るのかを事前に把握することができます。また、高齢の教授にとっても(アメリカでは定年制度がないため、80近くになってもレジェンドが授業を執り行います)現地に通わなくてすむオンライン授業の方が都合が良いと思いました。今後教室とオンラインの良いところを取り入れてどのような授業が展開されるのか楽しみです。
佐藤 綾野
コロンビア大学 修士課程
Teachers College
アーツアドミニストレーション
2020年秋学期から大学施設が再開したので、図書館やPCルームで研究を続けました。大学側がCOVID-19の対策(ソーシャルディスタンスの維持やマスク着用の徹底等)をした上で、段階的に学生の受け入れを行ったおかげで、特に何も問題なく修士論文執筆を進めることができました。
修士論文のための関係者へのインタビューをオンライン上で行うことになったため、短期間中に多国間(米国、オーストラリア)へのインタビューが可能になったほか、学期中でも米国、アイルランドでの複数の国際ワークショップへの参加によってネットワークを拡充させることができました。
私自身は2021年5月に修了する事が出来ましたが、私が所属していた大学院は(ワクチン接種を条件に)秋学期から対面授業の再開を予定しています。
國光 太郎
シカゴ大学 公共政策大学院
パンデミック下の留学経験について
新型コロナウイルスにより、私のシカゴ大学における経験は予定していたものとは全く異なるものとなりました。昨年春以降はほとんどのコースがリモートに移行したため、私はシカゴのアパートからすべての講義を受けることとなり、世界中で同じ状況にある人達と同じようにZoomやTeamsといったアプリケーションの使い方を習熟していきながら、学修を進めていきました。
このような学習形態の変化も決して悪いことばかりではありませんでした。そう感じた理由の一つは、反転授業(Flipped classrooms)が広く導入されたことです。反転授業とは、事前に録画された講義を視聴しておき、授業時間中はディスカッションを中心に行う授業方式です。これ自体はパンデミック以前から能動的学習(active learning)の一手法として認識されていましたが、パンデミックによりこの形式の授業が最も自然で有効な授業形態として認識されて利用される事になりました。特に、1回の講義を受けただけでは理解するのが難しかった技術的なトピックについては、授業での時間をはるかに効率的に使えるということを強く実感しました。こうした変化がパンデミック後の学習形態にも大きく影響を与えるのではないかと、個人的には考えています。
上記のメリットに加えて、パンデミック下の遠隔授業方式は私には思いがけないメリットもありました。私の妻は進化生物学研究者として働いているのですが、昨年、ノルウェーの大学でテニュアトラック教員の職を得て、11月からそこで働き始めることとなりました。平時であれば可能ではなかった事ですが、昨年はリモートでの授業という形態を活かし、学業に支障をきたすことなく2ヶ月間ノルウェーに同行できました。時差の問題を除けば、シカゴにいるときとほぼ同じように授業を受けたり研究をしたりすることができるという、不思議な経験でした。それと同時に、この経験は高等教育にはまだ大きく変化・改善の余地があるのではないか、大学は以前よりも柔軟に、世界中のより多くの学生とつながることができるのではないか、と感じさせるものでした。
パンデミックのために得られなかった経験もたくさんあります。対面式の交流がなかったため、教員や同級生と強い絆を築くことが明らかに以前よりも困難になりました。また、学業と日常生活が連続的で区切りが付けられないものとなり、学業へのモチベーションを保つのが難しいと感じることもありました。
この様な事も踏まえて、私個人としてはこの一年の経験は総じてポジティブであり、上記の様な理由から今回のパンデミックがなかった場合よりもよい経験になったのかもしれないとすら感じています。また、米国での迅速なワクチン接種のおかげで、今年度の最後には同級生と直接会って過ごすという事も叶い、一年間の長いリモートでの学習の後での、なかなか味わい深いご褒美となりました。
打越 文弥
プリンストン大社会学部博士課程
コロナ禍で変わったことは数多くありますが、その中でも二つほどポジティブなことがありました。一つは学部生とのコラボレーションが増えたことです。今回のパンデミックに関連した研究を学部の先生と始める中で、インターンシップの機会をRA (リサーチアシスタント)として雇用したり、日本社会論の授業を履修していた学生と共同研究することになりました。彼らはプリンストン大学を卒業して社会に羽ばたいていきましたが、将来性豊かな学部生と一緒に研究できたことは、今年得た財産の一つです。
もう一つは大学や国を跨いだ研究グループを組織できたことです。指導教員を中心に、東アジアと北米の研究者による「東アジアにおける格差と人口」セミナーが始まり、私は一年間学生セミナーを主宰していました。若手の学者の人達とネットワークを築けたのはとても貴重で有益な経験でした。これ以外にも、日本にいる研究者の人と、高校卒業後の進路におけるジェンダー格差に関する研究会を組織し、これから活動を始めようとしています。professional network を広げる意味でも貴重な経験でした。
プリンストン大学では現在、2021年9月から始まる来学期の対面授業による直接指導再開を目指していると聞いています。コロナ禍で以前から社会経済的に脆弱だった層がさらに不安定な立場に追いやられていることが数多く報告されています。単にキャンパスに学生が戻ってくることを喜ぶだけではなく、全ての人にアクセシビリティ(参加機会)が確保されているのかに、より一層注意を払ってこの先を過ごす必要があるだろうと考えています。