2009年12月、アメリカへの日本人留学生激減の報道が、大手新聞社によって報じられました。それ以来、数多くの報道によって、その顕著な傾向が伝えられています。高度経済成長期に急増したアメリカへの日本人留学生総数は、1994/95-2002/03の間、46,000人前後で推移しましたが、その後急速に減少し、2009/10には25,000人弱にまで減っています(参考資料)。アメリカのみならず、海外への留学生数自体も減少しており、若者の「草食化」や「内向き志向」、日本社会の成熟化、日本経済の衰退やアメリカの大学学費高騰などの理由が挙げられています。その中で、私たち、カガクシャ・ネット(http://www.kagakusha.net)は、2000年より国際的に活躍できる次世代の科学者・技術者育成のための活動を行っています。本稿では、私たちのこれまでの取り組みとその成果を紹介し、将来のグローバルリーダーとなるための問題提起も行います。(続きを読む…)
カガクシャ・ネットは、海外理系大学院留学の情報がまだ容易に得られなかった2000年に、メーリングリストとして発足しました。現役留学生や卒業生、そしてこれから大学院留学を目指す人たちに、情報共有の場を提供し、お互いに助け合い、励まし合い、高め合えるコミュニティを目指して始動しました。世界に通用する科学者を目指そうという、創設者の杉井重紀・二村晶子両博士の思いから、カガクシャ・ネットと名付けられました。それ以来、私たちは一貫して、日本から海外の大学院に留学した学生や研究者、および留学希望者を対象に、お互い切磋琢磨できるネットワークを構築し、国際的に活躍できる次世代のリーダー育成に取り組み、そして国内外の大学院教育の理解の促進を通じて、日本の科学技術の未来に貢献する、という理念のもとに活動しています。
この目標を達成するために、カガクシャ・ネットは、次の3つを活動の柱としています。1つ目は、活動の原点である、大学院留学希望者のサポート、現役留学生・卒業生との交流を目的としたメーリングリストの運営です。現在では、アメリカを中心にヨーロッパ諸国への大学院留学生・研究者や卒業生も含め、260名を越えるメンバーが参加しています。2つ目は、大学院留学経験者の体験談や、一般の方向けに世界最先端の研究内容をわかりやすく解説する、無料メールマガジンの配信です。2007年より、大学院留学希望者のみならず、幅広い読者層を対象に、定期的に発行しています。3つ目は、理系大学院留学希望者を対象とした説明会や、大学院教育に関連したセミナーの開催です。今後は、学位取得後のキャリア構築のためのサポートや、女性の社会進出・キャリア支援などをテーマにしたワークショップの開催も、積極的に推進してゆく予定です。
2010年3月、これらの活動の一環で、私たちは「理系大学院留学:アメリカで実現する研究者への道」という本を刊行しました。本書は、非常に充実した教育プログラムを背景に、最先端の科学技術を牽引し、未来のリーダーとなる研究者を世界中に輩出し続ける、アメリカ理系大学院への留学準備に焦点を当てています。またそのような研究者に憧れ、目指す人たちを後押ししたい、そういう私たちの思いも込められています。本書は、留学や語学の出版物で定評のあるアルク社より発行され、総勢36名から成る執筆陣が総力を尽くした、情報・体験談が満載の3部構成となっています。第1部の情報編では、私たちがアメリカの大学院に進学した理由、アメリカの大学院の授業やカリキュラム、入学審査の概略、就学中の経済支援、卒業後の進路など、大学院留学に必要な基本情報を網羅しています。さらに、現在注目されている研究分野・求められている人材や、大学院留学に関連する統計データも満載です。第2部の実践編では、留学を実現させるための情報収集の仕方、出願校の選び方、試験情報も含めた出願準備から合格を勝ち取るまでの道のりを示しています。カガクシャ・ネットメンバーの体験談を豊富に紹介し、より実践的な内容に仕上がっています。第3部のインタビュー編では、小柴昌俊氏(ノーベル物理学賞受賞)、黒川清氏(元内閣特別顧問)、石井裕氏(MIT メディア・ラボ副所長)、北澤宏一氏(科学技術振興機構理事長)をはじめとする、蒼々たるメンバーが、ご自身の大学院留学経験や、これから留学を希望する方たちへのメッセージを、インタビュー形式で掲載しています。非常にエネルギッシュで魂を揺さぶるような熱いメッセージは、専門分野に関係なく、どなたでも非常に楽しめる内容となっています。
前述したように、私たちの主な活動は、海外大学院留学の支援です。社会のグローバル化が急速に進み、語学力、国際感覚、専門知識を兼ね備えた人材育成が急務となる中、日本人の海外留学の減少傾向が非常に懸念されています。海外留学には、世界各国からのライバルとの入学審査、入学から卒業までの長く険しい道のり、そして卒業後の異国での/異国からの就職活動など、多くの困難が立ちはだかります。そして、これからの新しい時代を切り開くリーダーには、国際感覚に優れ、多様性を受け入れ、様々な困難に立ち向かう素養が求められています。世の中が目まぐるしく変化し、従来の経験やノウハウだけでは通用しないこの時代、文化や言葉の異なる環境に身を置き、世界中から集まる優秀な研究者たちと切磋琢磨することは、次世代を牽引するリーダーになる近道かもしれません。もちろん、必ずしも海外留学が良いわけではなく、すべての人に勧められることでもありません。国内でも、十分な研究成果を挙げ、国際的に活躍している方も数多くいます。海外留学の魅力は、外から客観的に日本を見つめ直し、世界各国からの友人を作り、今後益々必要とされる、国際的感覚、多様な考え方、そして価値観を享受できることです。決して専門知識を磨くだけのものではありません。私たちカガクシャ・ネットは、このような新しい時代に、グローバルに活躍できる真のリーダーを一人でも多く輩出していくことを目標に活動を続けています。
著者紹介:
山本智徳 (Tomonori Yamamoto)
カガクシャ・ネット代表。東京工業大学制御システム工学科卒業後、ジョンズ・ホプキンス大学機械工学科へ進学。2011年1月に同大学同学科 Ph.D. 課程修了。専門はロボット工学とハプティクス(力覚・触覚)。同年4月より、ロサンゼルスのスタートアップ企業 SynTouch LLC にて、触覚センサのロボットへの応用研究に従事。「理系大学院留学」にて編集長を務める。
小葦泰治 (Taiji Oashi)
カガクシャ・ネット副代表。国内大手製薬会社研究員。関西大学工学部卒。京都大学大学院生命科学研究科中退。ニューヨーク大学大学院マウントサイナイ医学部卒。Ph.D.(計算化学 2008年)。メリーランド大学薬学部 Computer-Aided Drug Designセンター博士研究員を経て、現職。専門は計算化学による創薬。若い日本人の海外理系大学院留学の支援にも取り組んでいる。